疲れを知らない日常

なんかこの前、某百円ショップチェーンで
「疲労回復大作戦」と称して
お香やらアロマオイルやらサプリメントやらを
いろいろ買ってきて使ってるんですが、
確かに疲れがとれてるような気がする。
柚子の香りのアロマオイルお勧めです。
一番効いてるのはサプリメント…なのか?
「健康で充実した生活を送りたいあなたに」とか書いてあって、
素直な意味でとって買ってみたのですが、
成分表を見てみると、どうやら「裏の意味」があったようです。(ぇ

それに期待するわけでもありませんが、
薬じゃないし悪い方向には向かわないだろうと継続中。

心なしかいつもより元気です。(何

↑おそらくこういうのを「プラシーボ効果」って言うのでしょう。

さてさて、前置きの癖に場所取り過ぎだゴルァ(゜Д゜)

なんか最近本読んでないなぁとふと思いまして、
(そして何だか国語の成績が下降傾向にある焦燥感も重なって)
今日は塾が終わった後、本屋ウロウロしてました。
特に読みたい本があった訳でもなく、
ただ何らかの本が読みたかったんですよね。
少し前によく読んでた藤沢周平の時代小説を
また読んでみようかとか思ってたんですが、
しばらく本を読んでいなかった為、どんな本を手に取ってみても、
「分厚くて最後まで読み終わる気がしない」
という感覚に囚われ小説は断念。
それなら今年の夏休みに読んだ新渡戸稲造の「武士道」とか
岡倉覚三の「茶の本」に通じるような日本文化の本を読もうと思って、
岩波文庫コーナーを探したら、無かった。

半ば諦めつつも他の所を探して結局面白そうな本を発見。

ベテランの翻訳家が自分の翻訳人生を振り返る本。

自分も翻訳とか将来やりたいと思っちゃってますからね。
ただ、まだ本は少ししか読んでませんが、
自分の言葉に対する考え方が、この本の著者と正反対なんですけど…

皆さんは、「和製英語」って直すべきものだと思いますか?
阪神タイガースじゃなくて「タイガーズ」だとか、ボンバーじゃなくてボマーだとか、
外の言葉の統制下に於いても
もとの言語に忠実にあるべきでしょうか?
私は必ずしもそうでなないと思います。

最近になってどっと増えたヘンテコなカタカナ語は別として、
それ以外のカタカナ語は日本語としての財産だと思うわけですよ。
外国語じゃなくて、もはや日本語なんですよ。
学校でもただ「和製英語はいけない」と教えるんじゃなくて、
「これは和製英語で、正しい言い方は●◇□だから、
外国では切り替えができるようにしておきましょう」
と教えるほうがずっといいと思うんだけどなぁ。
日本語として捉えている以上、本来の英語は
「日本語として正しくない」ことになるわけですからね。

視点を引っくり返して、似たような例を挙げてみれば、
日本語の「オタク」と英語の「otaku」って意味が違ってますよね。

なんか知らない間に言語論が展開されているんですが、
何でも外国に合わせりゃ良いってもんじゃないってことですね。

但し、先に断っておいた通り、最近のヘンテコなカタカナ語はいかんねぇ。
もまいらは漢字が書けないのかと問いたい。問い詰め(ry

そんなわけで、本読んでブログ書いてしてたらなんか日付変わってるじゃん。
風呂入って借りてきた赤本をとりあえずやってみよ~。

では、ばいにゃら~。

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Posted by takechan