好き嫌いは触れてからじゃないと分からない。

どうも。
弾丸出張帰りのtakechanです。
普段何気なく使えているもの、例えばインターネットなんかがですね、
突然使えなくなったりなんかすると、非常に焦りますね。
あって当たり前、ではないんですね。
使えるようにしてくれている人に感謝してありがたく利用していくべきものなんですね。
感謝といっても、具体的には毎月の使用料金をきちんと払うとか、それくらいしか出来ることはないですがね。

…使用料金はちゃんと払いましょうね?

それはまぁ置いといて、普段車通勤のtakechanが電車で移動となると、
それは絶好の読書タイムになるんですね。
仕事しに行くんですが、電車の中では完全に仕事と別の頭になっています。
入り時間が決まっていなければ特急じゃなくて急行、急行じゃなくて快速に乗って
少しでも読書タイムを増やしたいくらいです。
(さすがに各停で新宿まで行くのはかったるいw)

で、Koboを愛用して様々な本を読んだり投げたりしているんですが、
読んでみて「あ、こういうの好きかも」というジャンルというのが結構見つかります。
takechanがもともと藤沢周平あたりの時代小説好きというのは前にも書いたかもしれませんが、
海野十三を青空文庫で読んでたらSFって面白いな、ってなったり、
今日のように清水義範の本を読んでいて、
「なるほど、こういうのパスティーシュっていうのか」って知って
清水義範の他の本も買ってみようかと思っている訳です。

この本を読んだのですよ。
Koboのオススメ本紹介をへぇーって感じで流し読みして、
「この本を読んだ人はこんなのにも〜」っていうのを辿っていって、
ちょっと気になるものだけプレビューを取得していくというスタイルで
デジタル立ち読みをしているんですが、その中の1冊でした。
短編集みたいな感じなんですが、最初の作品でもう引き込まれてしまいましたね。
あとは官能小説が文字化けしてるのとか、フィネガンズウェイクっぽいのとか、
落語みたいな調子で話の内容がどんどん移り変わっていくやつとか
(↑これが一番のめり込んで読んだし、読みやすかったかなー)
「小説の枠を取っ払う」と言ったって、そんな枠なんか意識したことねぇし、
って思ってたらものすごい新鮮でした。

パスティーシュっていうとなんかいかにもオシャレっぽいですが、
簡単に言えば文章における「モノマネ」ってことみたい。
文学にもモノマネってあるんですねぇ。

文芸部時代に「ひとつの出来事を10の文体で書き分ける」なんていう能力を
誰に命令された訳でもなく無駄に培ったりしていたんですが、
その能力が今になって活きるのかもしれない…?
まぁ、何かを書いて発信するというのが第一歩ですわな。